ディオール(Christian Dior)の年表
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創業者 クリスチャン・ディオール(Christian Dior)
本社 フランス・パリ
生年 1905年、フランス生まれ。
クリスチャン・ディオールは実業家の家庭に生まれ、両親の意向で外交官を目指す。しかし、彼はどうしても芸術の道を諦めきれず、パリで小さな絵画ギャラリーを開く。画商として活動するも、ギャラリー経営がうまくいかず閉鎖。その後、デザイナーとしての才能を発揮し、ファッション界に進むことになる。
1938年、ディオールはピエール・バルマンのもとでファッションデザインを学び、バルマンと共にファッションハウスで働く。
1946年
パリで「クリスチャン・ディオール オートクチュール メゾン」を設立。ピエール・カルダンが入社し、アトリエで働き始める。ディオールはファッション界での飛躍を目指し、メゾンを軌道に乗せる。
1957年 イタリア・モンテカティーニにて52歳で心臓麻痺で死去。
イヴ・サンローランがディオールにかわって主任デザイナーとなる。
現在は、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンによって買収され傘下に入っている。
有名な星形のモチーフが多く使われてるブランドですが、創始者の「ディオール」が道を歩いてるときに星型の馬車の部品につまづき、その部品を持って帰ったことから、このモチーフが多く使われるようになったとも言われています。
1947年
初めての春夏コレクションを発表。このコレクションで発表された「ニュールック(New Look)」は、女性のファッションに革命をもたらす。大胆に布を使ったウエストを絞ったフレアスカートと女性らしいシルエットが特徴で、戦後の質素なファッションから一転して贅沢さを取り戻したスタイルとして世界中で大きな反響を呼んだ。
ディオールはこの成功により、パリのオートクチュール界で一躍有名となり、「ニュールック」は彼の代表作として広く知られる。
1950年
クリスチャン・ディオールは香水事業にも進出し、初のフレグランス「ミス ディオール(Miss Dior)」を発表。香水も大きな成功を収め、ディオールの名前はファッションだけでなく、フレグランス業界でも定着した。
1954年
「Hライン」「Aライン」など、新たなシルエットを次々に発表し、ディオールはパリのオートクチュール界の頂点に君臨する。彼のデザインは女性の体型を美しく引き立て、エレガントで洗練されたスタイルを追求した。
1957年
イタリア・モンテカティーニで、心臓発作により52歳で急逝。彼の突然の死により、若きデザイナー、イヴ・サンローランがディオールの後任として主任デザイナーに就任。ディオールの精神を受け継ぎながらも、自身の革新的なスタイルを展開する。
現在は、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンによって買収され傘下に入っている。
有名な星形のモチーフが多く使われてるブランドですが、創始者の「ディオール」が道を歩いてるときに星型の馬車の部品につまづき、その部品を持って帰ったことから、このモチーフが多く使われるようになったとも言われています。
1964年5月
カネボウ(鐘紡)がクリスチャン・ディオールと製造販売の独占契約を結び、ディオール製品の日本国内での生産を開始。
1964年5月 カネボウが製造販売の独占契約を結び生産を開始する。
1981年
鐘紡(カネボウ)は、カネボウ化粧品、カネボウ・ディオール、カネボウ・ディオール・ムッシュを合併し、ブランドの統合を進める。
1989年
LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)社がディオールを親会社とし、ライセンス契約の整理を進める。1997年2月7日、カネボウはディオールから契約終了を告げられ、同年4月30日をもってライセンス契約は解消。これに伴い、1997年秋冬を最後にカネボウによるディオール製品のライセンス生産は終了した。
1995年
フランス大統領夫人、ベルナデット・シラクがダイアナ妃にディオールの「カナージュ」バッグをプレゼント。ダイアナ妃はこのバッグを非常に気に入り、ディオール本店で全色購入するほどだった。このバッグはダイアナ妃の名にちなんで「レディ・ディオール」として知られるようになり、ディオールのアイコンバッグとなる。
1996年
ジョン・ガリアーノがクリスチャン・ディオールのクリエイティブ・ディレクターに就任。彼の大胆で劇的なデザインがディオールを新たな高みに押し上げ、ファッション界に革命をもたらす。
2001年
ジョン・ガリアーノは、ディオール初のメンズフレグランス「ファーレンハイト」を発表し、ブランドのメンズラインも強化される。
2011年
ジョン・ガリアーノが退任し、後任としてラフ・シモンズがクリエイティブ・ディレクターに就任。シモンズはディオールのエレガンスを引き継ぎつつ、ミニマルでモダンなスタイルを提案し、ブランドの新しい方向性を打ち出す。
2016年
マリア・グラツィア・キウリがディオール初の女性クリエイティブ・ディレクターに就任。彼女はフェミニズムをテーマにしたコレクションを発表し、ブランドに新しい風を吹き込む。
2017年
「We Should All Be Feminists」のスローガンTシャツが発表され、ディオールの社会的メッセージを強く打ち出したコレクションが注目を集める。
2019年
ディオールは中国を中心にデジタル市場を強化し、オンライン販売に力を入れる。特に、アジア市場での成功により、ブランドの業績が飛躍的に向上。
2020年
パンデミックの影響下で、ディオールはオンラインファッションショーを開催し、デジタルイベントを通じた顧客との新たな接点を確立。サステナブル素材を使用したアイテムやエコフレンドリーな製造プロセスも取り入れ始める。
2021年
ディオールは、バーチャルリアリティを活用した新しいカスタマーエクスペリエンスを提供。さらに、リサイクル素材を用いたコレクションを拡大し、サステナビリティへの取り組みを一層強化。
2023年
ディオールはAI技術を活用したデジタル戦略を強化し、パーソナライズドサービスを提供。顧客に個別のスタイリング提案を行うなど、より進化したオンラインショッピング体験を提供している。
2024年
マリア・グラツィア・キウリは引き続きクリエイティブ・ディレクターを務め、フェミニズムやエシカルファッションのテーマを展開。ディオールは引き続き、環境問題や社会的メッセージを強調しながら、サステナブルなコレクションを拡充している。